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東京高等裁判所 平成6年(ネ)3964号 判決

主文

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

第二  当事者の主張

当事者双方の事実の主張は、原判決事実摘示(原判決書中の「第二 事案の概要」)のとおりであるから、これを引用する。ただし、控訴人は、当審において、控訴人が本件で求めている請求は、被控訴人が保証金返還義務そのもの(その金額ではなく)を否定して争うので、控訴人と被控訴人との間で、控訴人が昭和五六年三月九日に訴外小原良二と締結した原判決添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃貸借契約に基づく保証金四〇〇万円について、同賃貸借契約が終了したときは、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が被控訴人に対して負担する同賃貸借契約上の債務額(約定に基づく二割の償却を含む。)を控除した残額を返還すべき義務があるとの基本的な権利義務関係の確認を求めるものである、と釈明し、これに対し被控訴人は、被控訴人が本件建物の前所有者から保証金返還義務を承継したこと自体を争うものである、と主張した。

理由

当裁判所は、控訴人には、本件建物の賃貸借契約について、被控訴人が賃貸人の地位を承継したことに伴い、保証金の返還義務をも承継し、賃貸借契約終了のときには、当該契約に基づいて、そのときに被控訴人が賃借人である控訴人に対して有する賃貸借契約上の一切の債権と相殺をした残額(控訴人の主張によればこれとは別に償却の約定に従い保証金の二割を減ずる。)の限度で保証金の返還すべき義務(本件建物の賃貸借契約から生ずる基本的法律関係である保証金返還義務)があることの確認を求める利益があるものと判断する(控訴人は、原審において、請求の趣旨として「原告(控訴人)が被告(被控訴人)に対し、(原判決)別紙物件目録記載の建物に関する賃貸借契約に基づき金三二〇万円の保証金返還請求権を有することを確認する。」と特定していたが、その趣旨が、保証金返還義務の承継を争う被控訴人との間で、承継により生じた基本的法律関係である保証金返還義務があること(その具体的金額はともかく)の確認を求めようとするにあることは、その主張に照して、僅かの釈明により容易に明らかにさせることができたものといえる。)。

賃貸借契約の目的物について譲渡等所有権の移転があったときは、原則として賃貸人の地位は新たな所有者が承継すると解すべきものであるが、その際に賃貸人である旧所有者と賃借人との間の契約に基づき発生した債権債務の基本的な法律関係の存否自体に争いがあるのに、これに基づく現在の給付の具体的な金額が確定していないという理由だけで基本的な法律関係そのものの確認の訴えが許されないとすると、賃借人としては、賃貸借が終了するまで不安定な法律関係の下に置かれることとなり、これでは将来実際に紛争が発生し、具体的な給付請求権の存否が争われたときには証拠が散逸し、訴訟における立証に支障が生ずることも考えられることからいっても、極めて不合理である。本件では、控訴人は、本件建物の前所有者小原良二との賃貸借契約に付随して賃貸借契約に基づく債務を担保する目的で四〇〇万円を差し入れたと主張するのに対して、被控訴人はその事実自体を争って保証金の返還義務を否定しているのである。返還請求権の具体的な内容(金額)は、契約終了時でなければ確定しないことは原判決のいうとおりであるけれども、控訴人がその間にどの程度賃料不払いをするかわからないとか、その他控訴人がいかなる債務を負担することになるのかわからないということは、本件で争われているわけではなく、その前提となる基本的な法律関係である被控訴人の保証金返還義務の存否自体が争われているのであるから、控訴人にとってこの点の争いを確定しておく必要があり、その利益も当然是認して差支えないし、これを確定しておくことは賃貸人である被控訴人にとっても有益なはずであり、被控訴人の応訴の負担をいうのはあたらない。

本件について即時確定の利益を欠くとして訴えを却下した原判決は相当でないからこれを取り消すこととし、控訴人が当審において明らかにした請求の趣旨を前提として本案の審理をする必要があるから本件を原審に差し戻すこととする。

よって主文のとおり判決する。

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